長生酵素

甲斐バンド 「裏切りの街角」 

「裏切りの街角」(うらぎりのまちかど)は、1975年6月5日に発売された甲斐バンド2枚目のシングル。

オリコン最高7位。 デビュー後、初のベスト10入りを果たした楽曲である。 発売から徐々に火がついたロングセラーセールスで、オリコン10位内に初ランクされたのが9月、 その前後チャート20位内に11週間入る。最高位の7位は、発売の4ヶ月後の10月27日に記録した。 この曲で、第8回日本有線大賞優秀新人賞を受賞している。

作詞・作曲:甲斐よしひろ

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風 「あの唄はもう唄わないのですか」 

「あの唄はもう唄わないのですか」(あのうたはもううたわないのですか)は、日本のフォークデュオ「風」の2枚目のシングルである。

オリコン最高位は24位。 アルバム『時は流れて…』からの先行シングルで、1975年12月10日に発売された。アルバムバージョンは瀬尾一三編曲だが、シングルは石川鷹彦の編曲。

作詞・作曲:伊勢正三 編曲:石川鷹彦

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松原みき 「真夜中のドア〜Stay With Me」 

真夜中のドア〜Stay With Me(まよなかのドア ステイ・ウィズ・ミー)は1979年11月5日発売の松原みきの1枚目のシングルである。

松原みきのデビューシングル。オリコン最高28位に入り、オリコン調べ10万4千枚、キャニオンレコード発表30万枚のセールスを記録した。 シングルバージョンでは、イントロに松原の歌声が入っている。アルバムバージョンではコーラスのみとなっている。また、最終サビのリフレインがアルバムバージョンはひとつ多く歌われ(シングルバージョンに比べ、ギターが入るタイミングが遅い)ているので、シングルバージョンに比べて15秒ほど演奏時間が長い。

作詞: 三浦徳子 、作曲: 林哲司 、編曲: 林哲司

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丸山圭子 「どうぞこのまま」 

丸山圭子は1972年7月、ニッポン放送主催「VIVA唄の市」にオリジナル曲で出場し優勝。同年11月、エレックレコードよりLP「そっと私は」、EP「心の中の」を出す。その後、ピピ&コットに参加。解散後は、キングレコードに移籍、1976年3月に「ひとり寝のララバイ」をリリース。同年7月にリリースした「どうぞこのまま」が翌年にかけてロングヒットした。

作詞・作曲:丸山 圭子

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渡辺真知子 「ブルー」 

「ブルー」は渡辺真知子の楽曲で、3枚目のシングル。1978年8月21日CBSソニーレコード(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)より発売。

FM番組『サウンドオブポップス』において、八神純子や矢野顕子が渡辺真知子と曲を交換して歌う企画で、ともにこの曲を選択している。また、松任谷由実も、雑誌の真知子との対談で、「歌詞がいつも今一つ」という旨の厳しい指摘をしながらも、「ブルー」に関しては手放しで賞賛していた。岩崎宏美も自身のアルバムでこの曲をカバーしている。さらには、太田裕美も、渡辺真知子との「二人のビッグショウ」で渡辺と共演したときに、この曲を歌っている(このとき渡辺はピアノを弾いた)。渡辺自身も、10枚目のアルバム「B♭m 愛することだけすればよかった」で、この曲を別アレンジで再録音している。

作詞・作曲:渡辺真知子 編曲:船山基紀

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渡辺真知子 「迷い道」 

「迷い道」(まよいみち)は渡辺真知子の1作目のシングル曲。1977年(昭和52年)11月1日にCBSソニーレコード(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)より発売。

累計で80万枚を売り上げ、この曲で1978年(昭和53年)大晦日の『第29回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。「かもめが翔んだ日」「ブルー」「唇よ、熱く君を語れ」と共に、彼女の代表曲となっている。 この曲は、國實唯理が1991年(平成3年)発売のシングル「コーヒー・ルンバ」のC/Wにてカバー、徳永英明が2007年(平成19年)発売のアルバム『VOCALIST 3』にてカバーした。

作詞・作曲:渡辺真知子、編曲:船山基紀

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南沙織 「春の予感‐I've been mellow‐」 

「春の予感‐I've been mellow‐」(はるのよかん アイヴ・ビーン・メロウ)は、南沙織通算25枚目のシングル。1978年1月21日発売。

1978年、資生堂春のキャンペーン・ソングに起用された本楽曲は、シンガーソングライター・尾崎亜美が他者に楽曲提供をした初めての作品にあたる。作詞・作曲・編曲すべてを尾崎が担当しているが、南沙織の全シングルA面楽曲中、作詞・作曲・編曲すべてが同一の作家によるものは本楽曲のみである。尾崎は同曲で、東京音楽祭ゴールデンカナリー賞作詞賞を受賞した。 2006年6月14日発売の35周年CD-BOX『Cynthia Premium』に付属のシンシア本人解説によると、レコーディングは歌い方が「沙織節」にならないよう、厳しく行われたとのこと。

作詞・作曲・編曲: 尾崎亜美

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尾崎 亜美 「マイ・ピュア・レディ」 

1977年、3rdシングル「マイ・ピュア・レディ」が資生堂のCMに起用されヒット、一躍注目を浴びる。また、3月から翌年2月までラジオ「オールナイトニッポン」金曜日第2部を担当している。「マイ・ピュア・レディ」の発売日は1977.02.05。

尾崎 亜美(おざき あみ、女性、本名:小原 美鈴、1957年3月19日 - )は、日本のシンガーソングライター。 8歳でクラシック・ピアノを習い始める。16歳頃からポップミュージックに興味を持ち、アマチュアのサークルに参加、作詞作曲をするようになる。公式・処女作は「ひとりっこカバっこ」というタイトルで、これは後にNHKの子供番組に起用された。ただし、尾崎によると真の処女作は(出身校・衣笠中学校の)「衣中音頭」である。 松田聖子「天使のウィンク」「ボーイの季節」、杏里「オリビアを聴きながら」、観月ありさ 「伝説の少女」など、他のアーティストへの楽曲提供も多数手掛けている。夫はミュージシャンの小原礼。

作詞:尾崎亜美 作曲:尾崎亜美

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小椋佳 「しおさいの詩」 

『しおさいの詩』(しおさいのうた)は、1971年にリリースされた小椋佳のデビューシングルである。

小椋は初出場した1994年の『第45回NHK紅白歌合戦』でB面『さらば青春』を歌唱。 なお『さらば青春』は、1975年6月・7月に『みんなのうた』で取り上げられた。アレンジは新しくされ、俳優・田中健が歌った(田中は唯一の出演)。映像は大井文雄製作のアニメ。

作詞・作曲:小椋佳

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フィンガー5 「学園天国」 

「学園天国」(がくえんてんごく)は、1974年3月5日に発売されたフィンガー5のシングル曲。

フィンガー5として3番目のシングル曲。累計売上は105万枚を記録。オリコンシングルチャート最高位は第2位。 「個人授業」、「恋のダイヤル6700」に続き、学校生活がテーマ。 リード・ヴォーカルの四男・晃による“アー・ユー・レディ?!”の掛け声にはじまり、“ヘーイヘイヘイ…”と続く掛け合いで盛り上げる。間奏では次男・光男のブルースハープ演奏、三男・正男のタップダンスも織り込まれ、フィンガー5のメンバーの様々な試みが披露されている。 この曲の“ヘーイヘイヘイ…”の掛け声は、アメリカのGary U.S. Bondsのヒット曲「New Orleans」がオリジナルである。

作詞: 阿久悠、作曲・編曲: 井上忠夫

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